天才軍師 後藤修と歩むスクエア打法

後藤修と歩むスクエア打法 復活前夜28~30

time 2020/03/10

後藤修と歩むスクエア打法 復活前夜28~30

“どれだけ曲がってもいいからムチャクチャに飛ばせ” と教えられたなどと言うのは絶対にウソだ。

“曲がっていい” とは “フェアウェイの中” でだろう。あのスイングはよく曲がったものをマッスグに直した(=-Xのゴルフ)スイングではなく “曲がらないんだからもっと飛ばす工夫をつけ加えてよし(=+Xのゴルフ)” と育てられたスイングだ。
或いは「飛ばすこととは正確に打つこと。正確に打つことは飛ばすこと」と育てられたかも知れない。とにかく「傘バンザイ」は絶対させるべきじゃない。従って軽量クラブは友治にいい?(運はある?)

まあ、これ以上は買ってくれ。私は君に最初から「先生」と呼ばれていたワケじゃなく友達だったんだから金を払う気分にならないのは判るが「先生」には授業料を払うものだろう。

私がもし大金持だったら、私は君の歴史的大参謀兼大親友になっていただろうな?

しかし昨年私はひどくコリた。高校生の父親が息子をドナリ付けたついでに「オマエら」と言う言葉を使ってしまった。オマエらと言えば私も入ってしまう。その時はホントに「もう天下の大軍師は二度とジャリに手を出すまい」と思った。

家康の様に息子や孫(家光)の教師として「日本一の大学者をつける」と公私にわたって宣言しておけばいいが、シロウトに「おまえ間違っとる」とか「オマエらに宿題を出す」とやられては收まらない。

問題の1999年頃には、世の混乱とはウラハラにトーナメントの賞金は大高騰していると見る。(然らずんば大下落だ)

今いい思いをして、その頃シュンとしている手はない。或いは川神さんの様に息子をマネージャーにさせる手もない。

私は高校生に一年間必ず私の車を “押しがけ” させた。私の家へは必ずリュックサックへ球を沢山入れて自転車で通わせた。本人は「やらなきゃ損だ」と言って喜んでやった。もうじきアメリカの大学へ行かされるらしいが、彼は “死なない” 様な気がする。
そのやる気がないと君の息子も育たないのではないか。寄宿舎へ入れたら?あの応援団(長)がついてたら、私でも宣言つきで育てる(確率100パーセントで)自信はない。

“慰め役も必要” なんてデタラメだ。きみはどうだった?

カネやんは?張本は?王は?長嶋は?子供に慰め役(チヤホヤ)なんぞついてたら「キャンキャン」と泣いてすがる相手を持つ “負け犬” (根性)を作るだけだ。
コサックの隊長ブーリバは最愛の息子を軍規を破ったカドで皆の前でたたき斬った。ステンカ・ラージンは最愛の美姫を部下達の前で川へ投げ込んだ。コサック魂だ。コサックが不滅である理由だ。

歴史と現実とは少し違う。信長は部下に首をハネられたが、信長によく似た君はやリ直しがきく。

しかし息子は一発勝負になる。お手並拝見などとは言ってられない。友治は木元清邦にさすなよ。いい筋肉持ってるのに。岩摩建二郎にさすなよ。結構(小)利口な男だが岩摩は百年やってもダメだ。多紀もダメだろう。スコア程スイングは悪くないが、女性教室でもやってるんじゃないか?(新竹みたいに)

それとも彼等はノル・アドレナリンの害を受けたか。召合も?一時それが必要な?時期もある。25才前の大学三羽鳥の様に。しかし年によって、筋肉の質によって、問題は変遷していく。結局スイングも見ながらプロの直カンで勝負だ。

  • ナイス・スイングの蔵元もこの先がオモシロイ。アマの大御所たちが影の軍師でつき、専門の陸上マンがついているのに「半ソデの季節でないと勝つ気がしない」と自分で言う蔵元は明らかに筋肉が固い。老化も早かろう。軍師達は何もしていない。気温が彼をコーチするだけだ。「冬と蔵元は相性が悪い?」

ただ山元と言うのか?彼のトレーナーはコワイ。雑誌を見るとくだらないこと書いてるから今の所は安心だが、人間が本業として給料をもらうと本人も必死で勉強するし、判らずにやったことが

・・・続く