天才軍師 後藤修と歩むスクエア打法

惜別

天才から神へ。

台風15号の襲来が甚大な傷跡を残して去った先週、後藤先生がこの世を去った。
死んだのではない、自らの意志でその居場所を替えた・・・オイラはそう感じている。死の汀、30分前まで普段通りおしゃべりをしていたのだが、その後眠るようにスーッと突然に息を引き取った。この世に一切の未練などない様に。

しかし、オイラの言葉にならない心情がこう師に詰め寄る
「そらおまへんで後藤先生 ! 100歳でエージシュートする言うてましたやおまへんか!野人を一流にするいう約束やったやおまへんのか!まだ半人前にもなってへん野人をほったらかして、なんで逝ってもうたんでっか ! これからの野人はどないしまんねん。どないしていけいいまんねん!約束違反でんがな」
宿舎での定位置で棺に収められた師は、いつものハリのある声でこう応える「ハハハッ大丈夫じゃ、この世でワシが教えた生徒の中で、誰にも教えたことのない超一流の技術論と練習法を野人にだけ口伝してある。これからは野人の創意工夫と自主性、スクエア打法の基本をブレることなく野人が精進すれば良いのじゃ。アンタが思う以上の事を野人は吸収しておる」

「ワシがこの世にこれ以上居座れば、野人のこれからの青春を奪うことにもなりかねない。つまり、ワシがこの世に居ることで、野人は脇目もふらずワシと共に過ごす事に全力を尽くすだろう。野人の一徹な性格はこのワシですら頭が下がる、決して野人を見捨てたのではない。期待しての事なんじゃ。野人にもワシにも少しだけ休息があっても良い時期じゃ」
「ワシはなぁ、久しぶり “あの世” とやらで新田先生に会い、スイング論で暇をつぶすとしただけじゃ。又、この世で会えなかった佐川幸義先生にも一度会ってみたい。野人もこの機に、将来の伴侶でも見つける為の一時の休養を与えるだけじゃ、ガハハっ・・・アンタは心配するな!」

恐らく師は好まないだろうが、残された者の儀式として執り行う葬儀に来ていた人たちの中、東京町田市から急を聞いて駆けつけた小林氏(先生は愛情を込めてイチローと呼んでいた)とその子供である二人の野球少年。
オイラが初めて会ったイチロー氏。日焼けが似合う実直そうな顔つき、その瞳に悲しみを漂わせるその傍らに二人の子供達が礼儀正しく寄り添う。そしてオイラに向かって
「後藤先生は私の人生の師です。そして私の子供たちにとっても、先生から直接指導を受けた経験は、私たち親子にとって人生の宝物になります」と、哀しみを押し殺して話してくれた。
もう何十年も前から塾生としてのレッスンは受けていないのに、必ず年始の挨拶のため師の元を訪れて月謝を支払っていたという。

少人数で執り行われた葬送。新田恭一先生の遺影写真と共に火葬され、残された師の遺骨は見事なほど真っ白だった。生涯、薬を服用しなかった賜物だろう。

死の直前まで頻繁に師と連絡を取り合っていた名古屋在住の中尾氏も夜を徹して駆けつけた。そして中尾氏とイチロー氏にはオイラの勝手で分骨を受け取ってもらった。
「先生の遺骨をこの二人なら、いやこの二人だからこそ受け持つ資格がありますやろ」と師に問いかける。返事などあるわけはないが、納得した時に師が見せる、ウンウンと頷く姿がオイラには見える。

火葬前から慟哭を抑えきれず、収骨すらままならない中尾氏の姿が痛々しい。オイラは師から最近よく聞いていた
「おそらくワシの理論を受け継ぎ、教授できるのは今や名古屋の中尾だけだろう」恐らく本人には伝えていなかった師の言葉を、しっかりと中尾氏に伝える。

何年もの間、師に面談すらせず破門までされているのに、我こそ後藤理論を極めた者であるかのように宣伝吹聴するハシタ者の元塾生がいるのもいまだにチラホラ見かけるが、葬儀に駆けつけた二人こそ、本物の “元塾生” を名乗る資格があると師は言っていた。

だからこそ、オイラは迷わず後藤先生が唯一の宝物と称し保管していたパターを中尾氏に受け取ってもらった。物欲のなかった師が、唯一はれものの様に大事にしていた左打ちのパター。中尾氏なら師の志と共に、生涯大事に保管してくれるだろう。

今にして思えば、自らの去るべき時期を探っていたのか?或は知っていたのか、その言葉が思い出される。イチロー氏の子供たちが野球のレッスンに来たと言っては、無邪気で嬉しそうな声でオイラに電話してきて「少年たちが来ると野人も練習が楽しそうじゃ。なによりも相手がいることで、高度な練習にもなっておる。“ワシが居なくなっても”、イチローの子供達に示す、ピッチングやバッティングのお手本なら野人はできるようになっておる。シャドウピッチングに軽いバット振りなら師範代じゃよ」と言った言葉が「ワシがいなくなれば野人が手本を見せろ」と言う事だったのだろうか。

言葉で表せない程の濃密な時間を、二人三脚で十年以上も続けて来た野人。師が去って以降一切の言葉を発しないその心中。ポッカリと出来た空洞は何を考え、どう動き出すのかオイラにもわからない。ひょっとしたらゴルフを辞めるかもしれない。「師のいない練習なんて練習ではない」、チンケなゴルファーになる為に修練してきたのでもない。ましてやゼニ儲けのために訓練してきたのでもない、と、考えているのか。数多いた生徒の中で只一人、口伝された技術論を具現するまで頑張るのか、他の道を歩みだすのか。じっくりと考えればいい、時間はたっぷりとある。

オイラは、野人の最大の応援者であり続ける。これから先、何を目指そうとも。

敢えて師に合掌はしない。いつかどこかで姿を変えて、頑なに師事した野人の前に現れ、力になってくれそうな気がしてならないから。

この世でゴルフ理論の天才と云われた後藤修先生、今やスイング理論の神様に昇華され、後年必ず評価されるだろう。