2018/12/28

紛れもなく現在満84歳で後期高齢者。少しだけ耳が遠い以外、これといって体に故障などない ! クラブハウスの階段を登るにも「トン・トトトン」とリズムをとって上がってゆくし、自動ドアの前に立つと、ドアが開くと同時に、左手を “手刀” に見立てて “切れ” のトレーニングをやる。思考に於いては歳を重ねるほど冴え渡る、と “占い師” に云われたそのまんまで、痴呆症とは無縁で冴え渡り(笑) 。オイラが一週間程度かけて読み終えた小説を送り届けても、1〜2日で読み終えて、その感想を電話で語る。
ゴルフはそれこそ何十年もラウンドはしていないし、ピッチングも何年もやっていなかった。が、本年の年初、師のことを人生の恩師と仰ぐ、元塾生の子息(二人共野球少年)が「野球を教えて下さい」と宿舎に訪れたのをきっかけに火が着いた?
一人トレーニングを続ける野人の相手くらいなら出来そうだから、「キャッチャーミットとファーストミット(軽い物)を送れ」との指令。
オイラも初めて見る師のピッチング。流石に “強肩” の元プロ野球選手(投打で一軍選手)、気合を入れて投げたボールの最後の伸びは、近くで見ていたオイラのヨメが 「スゴ〜イ」 「ホンマに84歳?」 と黄色い? 声援。
※ 驚愕のエピソード !
約4年程前の出来事(当時、後藤先生80歳)。新しい練習場用地購入の為に、千葉で物件の視察。ある寒い冬の朝、野人を含めた4人で視察に向かった用地には、前夜から降った雨が氷(スケートリンク状)となって、その敷地の駐車場部分に張り付いていた。
その駐車場の奥にある建物を見るために、まずオイラが先にその氷の上をそ~っと歩いてゆく。ゆっくりと爪先体重で滑らないように注意して、すかさず後ろを振り返って師に 「先生 ! ツルツルやさかい気を付けて来てくだい、エライ滑りますわ!」
・・・そして、前方の建物に向かってオイラが顔の向きを変え、歩き出した途端・・・「キャーッ」 と、ヨメが突然の悲鳴!・・・オイラのヨメが見ていたその場面解説によると、師はオイラの注意にも係わらず、”スタスタ” と氷の上を ”普通” のスピードで歩き出したらしい。・・・数メートル歩いた所で当然靴が滑り、師の両足が空を向く。師の背中、後頭部が氷状になったコンクリートに激突する寸前に「バン!!!」と柔道の受け身よろしく身を守ったらしい。前を歩くオイラが後ろを振り返った時には、すでに四つんばい状態になって、立ち上がろうとしていた(驚)
コレ、正真正銘の実話で作り話なんぞではおまへん。オイラのヨメは、いまだにその光景を思い出す度に鳥肌が立つと云う。・・・「ワタシは100パーセント、後藤先生 ”再起不能” の入院やと思ったわ。だって普通の人(後期高齢者)やったら、後頭部強打で死んでるヨ」とのこと。
オイラは、何事も無かったように立ち上がった師の元に、滑らないようにそ~っと近寄り「先生大丈夫でっか」と尋ねると、手のひらをパンパンと払いながら 「こんな事は以前にトレーニングしておる、こける、倒れる練習と云うのも、体を柔らかくするために必要な練習なんじゃよ」・・・と平然 (これはスライディング練習にも繋がっている)。
“そこ” から始まった元メジャーリーガー松井 秀喜氏の骨折についての解説。「一流と言われるスポーツ選手がそのスポーツで骨折などしてはダメなんじゃ、“アノ事件” はその左手の使い方の間違いで、ワシなら “こう転べ” というトレーニングを教えていたよ」
史上最強の横綱と言われる双葉山、ケガが付き物と言われる大相撲において、正しい練習(基本)を行っていれば相撲でケガをしないと言っていたのは正しいとも。
自身が転んだことはそっちのけで、”こけた” 事からゴルフの技術論へ延々と話が展開してゆく。
日本球界に復帰した “怪物” 松坂大輔投手、まずは一勝おめでとう。ただし師は「松阪の問題点は右足、ベタ足、カカト体重にある、完全復活にはコレをどう修正するか」やて・・・誰ぞ教えたって。
今のワシなら松阪投手にも「後藤修選手」にも、まずは両足の訓練を教える。
「年齢を重ねた”筋”属疲労を理由にするよりもまず、そのスイング(フォーム)の欠陥、欠点を修正できないと」
「100歳でエージシュートを狙うなら、そろそろピッチングでも始めて見るかハハハッ」・・・で始めたピッチング練習・・・恐ろしい元祖? ”怪物” ここにアリ。